3学期終業式 式辞

2018年03月22日

皆さんおはようございます

 

振り返れば、あっという間に1年が過ぎ、3学期の終業式の日を迎えました。3年生は中学校・高校とも卒業式を終え、それぞれの進路に巣立っていきました。皆さんは次の学年に進級することになります。

 

さて、韓国のピョンチャンで冬季オリンピック・パラリンピックが行われました。本日はそれに関連して「アスリートから学ぶ」というタイトルでお話しします。オリンピックでは、これまでで最多のメダルを日本は獲得しました。そこにはいろいろなドラマがありました。中でも私が一番印象に残っているのは、女子パシュートです。決勝は日本とオランダで、一人一人の選手の力はオランダが大きく上回っていましたが、団体戦のチームワーク、試合運びは日本が上回り金メダルを獲得しました。

一方、パラリンピックに山本篤さんがスノーボード2種目に出場していたのを知っていますか。そう、この方は大阪体育大学と大学院に在籍していた方です。山本さんのプロフィールをウキペディアからひも解くと、静岡県掛川市生まれ、小さいころからスポーツ好きで小学校の頃は野球を、中学・高校ではバレーボールをしていました。高校時代は垂直跳びで1mを超えるジャンプ力があったそうです。しかし、高校2年の春休みにスクーターで事故を起こし、入院後手術で左足を大腿から切断することになります。この経験から技師装具士を目指し、高校卒業後、専門学校に入学します。ここで、学生として在籍していた義足スポーツ研究者の稲葉さんに出会います。陸上競技を勧められ競技を始めます。

義肢装具士の国家資格を取得し就職も決まりますが、パラリンピックを目標に陸上競技を続けることを決め、2004年4月 大阪体育大学に入学、陸上競技部に所属し、100m、走り幅跳びの日本記録を次々と塗り替え、世界ランキング上位の実力を身につけました。

その後の戦績は次のように大活躍をされます。

2008年 北京パラリンピック 100m5位、走り幅跳び銀メダル

日本パラリンピック陸上界の「義足アスリート」としては初のメダリストに

2012年 ロンドンパラリンピック 100m で6位、200mで8位、走り幅跳びで5位

2013年 パラ世界選手権 走り幅跳びで金メダル

2015年 パラ世界選手権 走り幅跳びで金メダル

2016年 国内大会で世界新記録を樹立

2016年 リオパラリンピック 走り幅跳びで銀、

400mリレーで銅

2017年 スポンサー契約を結び、プロに転身

2018年 ピョンチャンパラリンピック スノーボードで出場

 

山本さんのこれまでの人生には、節目節目で「出会い」「選択」「心構え」「挑戦」という言葉が当てはまります。いい「出会い」はたまたまですが、人生の最も大切で面白いことの一つです。「選択」「心構え」「挑戦」は勇気が必要ですが、人生を豊かにするチャンスです。皆さんもチャンスを大切にしてください。

  • 大阪体育大学浪商中学校
  • 大阪体育大学浪商高等学校