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令和元年度 2学期終業式 式辞

2019.12.20

本日2学期の終業式を迎えました。高3生はまだセンター入試・私大の一般入試・国公立の2次入試、中3生もコース決定試験を控えています。体調管理をしっかりして、冬休みを過ごしてください。他の学年の皆さんも、学習に部活にと忙しいと思いますが、有意義な時間を過ごしてください。

 

今日は「出会いが人生を動かす」というタイトルで話します。2人の人物が登場します。一人目は岩手県出身のBさんです。彼は4歳で交通事故に遭い、脊椎損傷により首から下が動かなくなりました。そのため、20年以上、盛岡の病院で寝たきりの状態で生活していました 。

もう1人は奈良県出身のYさんです。彼にもつらい過去がありました。本人のブログから引用します。「私は小学校5年生から中学2年生までの3年半、そもそも学校というシステムが合わなかったことや、病気がちだったこと、コミュニケーションを取るのが下手だったこと、それによるいじめなどが原因で学校に行けず、自宅に引きこもっていました。

一日の大半を誰とも会わず、主に絵を描いたり、祖母が教えてくれた折り紙をひたすら折ったり、オンラインゲームに没頭したり、とにかく一人で打ち込めることに熱中していました。でも一人きりの状態が長く続くと、何かをする気力も体力もなくなり、ずっと一人で布団の上でただ天井を眺め続けるだけの日々が続くようになりました。今でも時計の音を聞くとその時の情景が目に浮かびます。

一週間ほぼ誰とも何も話さなかったことで、日本語を聞き取ることも喋ることもできない、身体をうまく動かせない、うまく笑う事もできなくなってしまいました。そんな私を見て両親も悲しんでいました。 もちろん何とかして学校に行けるようにといろいろと手を尽くしてくれましたが、それが逆に申し訳なくて。家族に迷惑をかけるだけの自分に嫌気が差し、自信もなくなり、無気力になり、記憶力も低下。さらに精神的に追い込まれ、耐えられずに叫び出すこともありました。どこにも居場所がなく、自分を肯定できない悪夢の状態でした。生きていくのがつらかった。本当に救いがない状況に苦しんでいました。

中学1年生の時 、母親が「ロボコンに申し込んだから出てみれば?」と言ってくれた。子どもの頃からロボコン番組を見ることやものづくりが好きだった。参加したらまさかの優勝。翌年には大阪で開かれた全国大会でも準優勝。会場で一輪車を漕いでいるロボットを見かけて、こんなすごいロボットもあるんだと感動した。」

Yさんはその一輪車ロボを制作した先生のいる県立工業高校入学を決意し、合格します。電動車いすの制作チームに入り、国内の科学技術フェアJSECに出場し、 文部科学大臣賞を受賞。その後世界最大の科学大会Intel ISEFにて Grand Award 3rdを受賞します。しかし高校在学中、自分のやりたいことは車いすの制作ではなく 孤独の解消を目的とした分身ロボットの研究開発であると気づき、それに専念します。

孤独の解消を目的に作った分身ロボットとは、カメラ・マイク・スピーカーを搭載、スマホやタブレット、PCなどからネットを介して操作できます。首を上下左右に動かしたり、手を挙げたりと感情を表す簡単な動作もできる。分身ロボをある場所に置けば、操作する人は家にいながらにして、あたかもその場にいるように会話ができ、その場にいる人たちもその人の存在を感じることができる。というものです。

2013年Bさんは、Yさんが分身ロボの試作機を作っていることを知り、Face Bookに次のようなメッセージを送ります。「私は子どもの頃からずっと病院で過ごしてきました。そこには病により外の世界をほとんど見ることなく、旅立ってしまう子ども達がいます。それを見るたびに、自分の無力さに強く心が痛みました。重度肢体不自由者のために、力を合わせませんか。」

2014年Bさんは、Yさんの開発パートナー兼、秘書として試験的に働き始めます。 2015年には正式に研究所のメンバーとして迎えられます。その時のBさんのコメントは「採用通知をいただきました、宝物だね。生きる意味を感じる瞬間は、いろんなところに隠されているんだね。」でした。

Bさんは、一緒に開発した分身ロボを通して、盛岡からリモートワークで秘書の仕事をし、海外出張もこなしました。半年に一度くらいのペースで上京し、Yさんと共に時間を過ごし、分身ロボの改良普及に励みました。その結果、企業・病院・学校・個人にも活用され、様々な理由で現場にいけない人たちと現場を結ぶ優れたツールとして広がっています。

また、Bさんは200回を超える講演や、テレビ・新聞などのメディアへの露出で、たくさんの人たちに勇気を与えました。しかし2017年9月、惜しまれながらこの世を去りました。28歳でした。最後に、Bさんが残したメッセージを紹介し話を終わります。「心が自由なら、どこへでも行き、何でもできる」

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